競馬新聞やレーシングプログラムを見ていると、馬名の横に「セ」と表記されている馬を目にすることがあります。これは、去勢手術を受けた「セン馬(騸馬)」であることを示しています。
なぜ、本来であれば子孫を残すための大切な体である競走馬を去勢するのでしょうか。そこには、馬の気性をコントロールするための現実的な理由や、一瞬の輝きよりも「一生」を安全に生き抜いてほしいという、陣営の切実な背景が隠されています。
今回は、競走馬を去勢してセン馬にする理由をはじめ、去勢によるメリット・デメリット、そして去勢の試練を乗り越えて競馬史に名を残した偉大な名馬たちを詳しく解説します。
⏱ 読了時間:約5分
この記事でわかること
✅ 競走馬を去勢して「セン馬」にする理由
✅ 去勢することのメリット・デメリット
✅ 日本競馬史に名を残す偉大な伝説のセン馬たち
それでは、競馬界における去勢の重要性と、試練を乗り越えてターフで輝いたセン馬たちのドラマについて詳しく紐解いていきましょう。
競走馬を去勢して「セン馬(騸馬)」にする理由とは?
①気性の激しさを抑え、レースに集中させるため
牡馬(オス)は2歳〜3歳頃になると性徴が発達し、気性が非常に激しくなる馬がいます。
他の馬を威嚇したり、レース中に牝馬(メス)に気を取られて走るのをやめてしまったりするのを防ぎ、競走に集中させるために去勢を行います。
②馬体の維持や怪我のリスクを減らすため
興奮しすぎる馬は馬房の中で暴れて怪我をしたり、無駄な体力を消耗して痩せてしまったりします。
去勢することで精神が安定し、健全な体を維持しやすくなります。
セン馬になるメリット・デメリット
👍メリット
・競走寿命が伸びる:気性が穏やかになり無駄な消耗が減るため、息の長い活躍をする馬が多い。
・調教がスムーズになる:厩務員さんや調教師の指示に素直になり、狙い通りの仕上げがしやすくなる。
・馬体重のコントロールがしやすい:暴れてガリガリになるリスクが減り、安定したコンディションを保てる。
👎デリケートなデメリット
・どれだけ活躍しても種牡馬(お父さん馬)になれない:これが最大かつ最も切ないデメリットです。去勢した時点で子孫を残す資格を失うため、GⅠを何勝しようとも、血統を後世に伝えることはできません。
・2歳、3歳限定のGⅠレースに出走できない:競馬には「優秀な種牡馬・繁殖牝馬を選定する(強い血を後世に残す)」という目的があるため、JRAの規定により、2歳・3歳限定のGⅠ競走(クラシック三冠レースの皐月賞・日本ダービー・菊花賞や、NHKマイルC、ホープフルSなど)には、セン馬は一切出走できません。
(※桜花賞やオークスなどの牝馬限定戦は、去勢に関わらずオス馬のため出走不可です)。
ただし、年齢制限のない「天皇賞(春・秋)」や「有馬記念」などの古馬GⅠには問題なく出走できます。
日本競馬史に名を残す!偉大なセン馬たち3選
①レガシーワールド
~気性の激しさを乗り越え、日本馬初のジャパンCを制した不屈の騸馬~
主な実績:ジャパンカップ(1993年)
ここが名馬!:
厩舎での普段の様子は非常におとなしかったものの、レース当日になると一変して落ち着きをなくし、極度に興奮してしまうという厄介な二面性に悩まされた素質馬でした。
3歳時はゲートに到達するまでにエネルギーを消耗してしまい、酷い出遅れ癖などで5戦未勝利、骨折と散々な結果に終わります。
見かねた戸山為夫調教師が「ファンに迷惑はかけられない」と休養中に去勢手術を決行。
この荒療治でレース日の精神面が安定すると才能が一気に開花し、4歳秋の1993年ジャパンカップでは並み居る海外の超強豪を相手に驚異の粘り腰で逃げ切り勝ち。
セン馬(去勢馬)として中央競馬史上初となるGⅠ制覇の歴史的大偉業を成し遂げ、全国の競馬ファンを感動の渦に巻き込んだ伝説の名馬です。
🎥 1993年 ジャパンカップ レース映像(JRA公式)
②マーベラスクラウン
~レガシーワールドに続く連覇、激戦を制した快速のセン馬~
主な実績:ジャパンカップ(1994年)
ここが名馬!:
レガシーワールドが日本馬初制覇を成し遂げた翌年、再びセン馬の底力を世界に見せつけた名馬です。若駒時代は首の使い方が悪く、気性の難しさから去勢の道を選びました。
精神面が安定してからは着実に力をつけ、1994年のジャパンカップに出走。
海外の強豪パラダイスクリークとの直線の壮絶な叩き合いを、ハナ差という極限の勝負で制して優勝。セン馬によるジャパンカップ2連覇という、国際大舞台における歴史的な快挙を成し遂げました。
🎥 1994年 ジャパンカップ レース映像(JRA公式)
③ノンコノユメ
~去勢後の大復活劇!ファンの心を打った砂の極上追い込み馬~
主な実績:フェブラリーステークス(2018年)
ここが名馬!:
3歳時に重賞を連勝し、ダート界のトップに立ちながらも、気性の難しさと馬体重の減少に苦しみ、4歳時に去勢。
去勢直後は一時的に成績を落とし「輝きは失われたか」と囁かれましたが、陣営の辛抱強い調教により完全復活を果たします。
6歳で迎えた2018年のフェブラリーステークスでは、トレードマークである大外一気の豪快な追い込みを炸裂させ、ゴールドドリームをクビ差捉えて感動のGⅠ制覇。
諦めない陣営の努力が実を結んだ、近年のダート界を代表する愛されセン馬です。
🎥 2018年 フェブラリーステークス レース映像(JRA公式)
💡 ノンコノユメをはじめ、独特の深い渋みを持つ毛色「栃栗毛」の歴代名馬たちの特集はこちら

まとめ
一瞬の輝きよりも「一生」を生き抜くための選択
競馬新聞の馬名の横に刻まれた「セ」という、たった1文字の表記。
こうして振り返ると、去勢という選択は決してかわいそうなことではなく、いかに「馬が競走社会で安全に、そして一頭でも長く生き抜くための、陣営の愛のある決断」であるかがよく分かります。
競走馬における去勢(セン馬になること)のポイントは以下の通りでした。
- 気性の激しさを抑え、レースに集中させるための現実的な理由がある
- 競走寿命が伸びるメリットの反面、どれだけ活躍しても種牡馬にはなれない切ないデメリットがある
- レガシーワールドやノンコノユメのように、試練を乗り越えて大偉業を成し遂げた偉大な名馬たちがいる
クラシックレースには出走できないという制約はありますが、気性の難しさを克服してファンに愛され、息の長いタフな活躍を見せてくれるセン馬たちの姿は、競馬の世界にまた一つ深いドラマを与えてくれています。



コメント